和泉流 野村 裕基(撮影:政川 慎治)
遠国の大名(シテ)が都での訴訟が解決したので、領地へ戻ることにします。そこで太郎冠者(アド)を連れ、親しくしていた女(小アド)へ暇乞いに行きます。別れを聞いた女は涙を流して悲しみますが、太郎冠者は、女が目に水をつけて泣いたふりをしていることに気付きます。大名に告げてもわかってもらえないので、太郎冠者は水の器を墨の入った器と取り換えて…。
誤って顔に墨を塗ってしまう話は、平安時代の平貞文、平中の滑稽談として有名でした。『源氏物語』「末摘花」の幼い紫上と光源氏が戯れる場面でも、平中の話をふまえた会話がなされます。その滑稽談とは、平中が水で目を濡らし泣いたふりをしていたのを女が見破り、水入れに墨を入れたという話で、『古本説話集』などに見えます。ちょうど狂言の男女が入れ換わっている展開です。
江戸時代初期の狂言役者 大蔵虎明の記した『わらんべ草』には、徳川家康の前で<墨塗>を演じた際に、囃子方や地謡、見物人にまで墨を塗ったという逸話が見えます。
本曲ならではの演出にご注目ください。狂言らしい明るい喜劇です。
能解説:中司由起子
(法政大学能楽研究所兼任所員)
シテ(大名) :野村 裕基(狂言方 和泉流) |