時を楽しむ、旅がある。~鎌倉観光公式ガイド~
由比ガ浜・長谷・極楽寺エリア
由比ガ浜大通の中ほどの道の角に六体の地蔵が赤い頭巾をかぶり、よだれかけを首にかけて並んでいます。これは六地蔵(ろくじぞう)と呼ばれるもので、罪人の霊を弔うために...
鎌倉駅周辺
稲村ガ崎・七里ガ浜・腰越エリア
稲村ガ崎の住宅地に佇む「十一人塚(じゅういちにんづか)」。1333(元弘3)年の新田義貞の鎌倉攻めの際、極楽寺切通から攻め込もうとした新田勢の大将大館宗氏らは奮...
大町・材木座エリア
現存する我が国最古の築港遺跡。材木座海岸は鎌倉時代に日本各地から鎌倉に入る船で大いに賑わったが、遠浅で船荷の揚げおろしに不便だったばかりか、難破する船も多かった...
北鎌倉エリア、二階堂・浄明寺・十二所エリア、鎌倉駅周辺、大町・材木座エリア、由比ガ浜・長谷・極楽寺エリア
江戸時代、水質に恵まれない鎌倉の土地において、質の良い水が湧き出す井戸は貴重な水源でした。鎌倉十井(かまくらじっせい)とは、水質も良く美味で、伝説やいわれが残る...
扇ヶ谷にある浄光明寺前の道の奥にあり、十井の中では比較的原型が良く残っています。こんこんと清水が湧き出た往時の勢いこそありませんが、今でも清水が湧き出ている井戸...
浄光明寺から薬王寺に向かう道の途中にある井戸。その名の由来は、井戸の形が扇の形をしていることからといわれていますが、源義経の愛妾、静御前が舞扇を納めたからとも伝...
浄智寺の総門横の小さな石橋の脇にある井戸。この井戸の水は蜜のように甘く、不老不死の効能があるといわれていたことから「甘露ノ井」という名前が付きました。
小町通り北の橋、鶴岡八幡宮に通じる道の角にある井戸で、どんなときでも水が枯れたことがないと言われています。正嘉二年(1258年)、現在の鎌倉市役所のあたりから起...
扇ヶ谷の海蔵寺門前にある井戸。名前の由来は、鎌倉時代中期の武将で幕府の重臣だった安達泰盛の娘(幼名千代能)が水を汲んで桶の底が抜け、「千代能がいただく桶の底脱け...
長勝寺門前近くの狭い路地を入ったところにある井戸。その名の由来は、井戸の形がお酒を注ぐ銚子に似ていることにあります。井戸の内側は円ですが、外側は六角形でその一辺...
明月院境内にあり、現在でも使用できる井戸。別名「甕ノ井(かめのい)」。その名の由来は、内部に水瓶のようなふくらみがあることからとも、二個の瓶を並べて上下させなが...