安養院
エリア: 大町・材木座エリア
もとこの地には尊観が開いた浄土宗の善導寺があった。のちに北条政子が亡き夫頼朝の冥福を祈って建てた長楽寺が焼失したため、鎌倉末期にこの善導寺の跡に長楽寺を移し、政子の法名である安養院を院号としこれが寺名になったといわれる。その後、江戸時代の始めに田代寺の千手観音を移した。本堂には北条政子の像などが安置されている。また、本堂裏手には、北条政子の墓といわれる石塔がある。
鎌倉三十三観音第3番・鎌倉二十四地蔵第24番。
エリア: 大町・材木座エリア
もとこの地には尊観が開いた浄土宗の善導寺があった。のちに北条政子が亡き夫頼朝の冥福を祈って建てた長楽寺が焼失したため、鎌倉末期にこの善導寺の跡に長楽寺を移し、政子の法名である安養院を院号としこれが寺名になったといわれる。その後、江戸時代の始めに田代寺の千手観音を移した。本堂には北条政子の像などが安置されている。また、本堂裏手には、北条政子の墓といわれる石塔がある。
鎌倉三十三観音第3番・鎌倉二十四地蔵第24番。